多田市長の4期16年を振り返る

次に、多田市長の4期16年間を振り返っての所感をお聞きします。

私は、4期16年間の施策の中で問題だったと思うのは、下水道料金の値上げや総合福祉会館と市民会館の風呂の有料化、そして、保育所と幼稚園の保育料の値上げ、無料だった学童クラブの有料化、更に、みどり保育園の民営化などがあります。

また、現在、進行中の「公共施設再配置計画」、「第3期行財政改革プラン」、幼稚園の廃止計画などについて、今後の展開が不安です。

 

一方、大きく評価できる出来事として、1番に挙げたいのが、2002年の夏から開始された本市と太子町・河南町・千早赤阪村との市町村合併協議について、2004年12月に「協議会」を解散し合併問題を終結されたことです。

私も富田林市議会選出の協議会委員として参加していただけに、強く印象に残っています。

2002年7月5日に第1回目の「協議会」が開催され、2回目が7月11日、第3回協議会が7月25日、第4回が8月8日、第5回が8月22日と48日間の短期間の間に5回も立て続けに開催されました。

8月22日の協議会で、当初の合併予定日だった「2003年4月」の方針が棚上げされました。

その後、2002年11月の第6回協議会以降に協議休憩を確認されて、第7回目が2003年10月、第8回2004年3月を経て、2004年12月27日開催の第9回協議会で解散に至りました。

当時、異常なペースで開催された「協議会」でしたが、私たちは、街づくりの展望を示せないまま、なぜ合併を急ぐのか、との議論を行い、国が推し進める「平成の大合併」は、「大型開発を広域的に進める体制づくり」であることや、国から地方自治体への支出金を減らし、住民サービスの低下や、住民負担を増やすことになると批判してきました。

そして、「期限を切って合併を迫るやり方を許さない」、「合併に関する情報をすべて公開すること」、「合併が、住民の暮らしに役立つのか、住民自身が検討し、その是非は住民が判断して決めるべきだ」と主張し続けました。あの時の合併回避は賢明な判断であったと思います。

 

次に評価しておきたいのは、「要求とまちづくり富田林実行委員会」への対応です。

この団体は、商工業者の団体や、女性団体、福祉や暮らしを守るための運動団体、労働組合など富田林市内の多くの市民運動団体が参加して、各種の要望や、市政への提案行動を展開してきました。

本市では、市民や団体から要望書が出されると文書で回答されています。「要求とまちづくり富田林実行委員会」からの要望に対しても文書で回答するとともに、話し合いの場を毎年、設定されてきたことについては、本市の誠実な行政対応として評価されると思います。

 

これ以外でも評価される施策として、長年の懸案だった中学校給食をセンター方式ではなく自校方式で実施されたこと。学童クラブについて、「条例化」を図るとともに、開所時間の延長、施設の改修、クラス分割の実施をされてきたことです。

それから、市の独自施策である中学3年生、小学6年生で少人数学級編成を継続されていること。川西市営プールを復活したこと。消防職員を増員したこと。最新設備の学校給食センターへ建て替えたこと。中学校教室へのエアコン設置完了と小学校教室への設置事業開始を決断されたこと。富田林病院の建て替え事業開始などがあります。

子ども医療費助成を中学校卒業まで拡充されたことは評価していますが、しかし、その後、議会で請願が採択されましたが18歳まで拡充することを決断されなかったことは残念でした。

そこで、4期16年間を振り返って、市長の所感をお聞かせください。

 

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